仲村千代(なかむら・ちよ)さん

 佐敷町にドライブに行くと必ず立ち寄る所がある。 仲村千代さんというとても小さくてかわいいおばあちゃんの 住む家だ。

 以前 佐敷の風景を撮っている時に、頼みもしないのに傍に来ては 「にーさん、何撮ってるねー」 「あー、うりなー、○×○×△○」と、 沖縄県民である私にも理解し難い方言を早口でまくし立ててくれた。 これが千代さんとの出会いだった。

 それから何度か佐敷に撮影に行くたびにいつのまにか傍に来ては いろいろ面白い話を聞かせてくれるものだから、 すっかりお友達になった次第である。帰り際には必ずと言っていいほど 小ぶりのみかんを数個持たせてくれるので、 千代さんの魅力に私はすっかりはまったのであった。

 千代さんはいつも元気である。おばあちゃん連中の井戸端会議では、 常に中心となって、時には冗談を飛ばしてその場を仕切るので、 彼女の周りには笑い声が絶えない。

 旧家を背景にした写真のモデルになってもらおうと思って、 私が千代さんを戸外に誘い出したのを見た他のおばあたちから 「エー、千代さんよー。若い人から誘われるのは危険だよー。 襲われたらどうするねー」と本気で心配されたそうである。 千代さんは人望が厚いのである。

 彼女は20代の頃、沖縄戦を体験した。砲弾が飛んでくる中、 山々を逃げ惑い 時には3〜4ヵ月も壕に隠れていたことがあった。 戦時中に一緒になった前夫との間に長女を授かったが、 悲運なことに二人ともマラリアにかかり、前夫は他界してしまう。 そんな折、親戚の薦めで今の夫(新秀=しんしゅう=さん)とお見合いを したのだった。

 今では6人の子宝に恵まれ、独立した息子やその嫁が 毎日のように彼女の家に遊びにやってくるので、楽しい日々を 過ごしている。

 この取材の前日、かなり耳の遠くなった寡黙な旦那さんとの 仲睦まじい写真を撮影させてほしいと思い、千代さんにお願いしてあった。 当日訪ねると、こぎれいな 格好をした千代さんだけがニコニコと玄関に出てきた。 「あれ、旦那さんは?」との問いに、「だからよー。どこ行ったかねー。 畑かねー」。どうやら千代さんも、はっきり分からないみたいだ。

 そう言えば、旦那さんには放浪癖があることを私は忘れていた。 「りー、ちゃーぐぁーでも、いれようかねー。 おじいが来るまで休んだらいいさー」

 かくして、おじいが帰って来るまでの間、 私は千代さんの口から一方的に発せられる四方山話を、 半分理解したような状態で聞かされる破目になったのだった。

 時間はゆったりと過ぎていく。(沖縄王・BEEN仲栄真)

82歳。佐敷町在住






©2003, 沖縄王