うちなぁ歳時記
旧暦12月--ムーチービーサの季節


 「暑いか暑くないかのそれだけ。沖縄には季節がないんだよ」。そう言いきる 人がいた。学生時代、本土での厳しい冬を経験したことのあるその人からすれ ば、「フローリングの冷たさは こたえるぅ」とストーブの前で丸くなっている今の私など軟弱 きわまりないのだろう。

 しかし、意外にも、南国沖縄には寒さを表現する言葉が多い。「ムーチービー サ」はその一つだ。旧暦12月8日(今年は1月20日にあたる)の ムーチーの時期の寒さを表現している。ムーチーとは、 長方形に整えた餅をサンニン(月桃)の葉で 包んだものである。

 仏前などに供えて厄払いをするという行事の一つで、 子どもの健康を願う意味が強い。最近ではあまり 見かけなくなったが、子どものいる家庭ではその子の年の数だけ天井からムー チーをつるす「サギムーチー」という光景が 見られた。

 私の故郷は旧暦12月8日ではなく、 一週間前の旧暦12月1日にムーチー行事を行う。 今では形がきれいに整ったムーチーがスーパーや市場に 所狭しと並ぶようになったが、私の子どもの頃は ムーチーを作る家庭が多かった。その時期は、地域がまるごとサンニンの香りに 包まれているようだった。

 私は共働き家庭に育った。昼の間、 幼い私の面倒を見てくれたのは父方の伯母である トミおばさんだった。トミおばさんは、ムーチーの季節が近づくと、餅を包むサ ンニンの葉を知り合いから分けてもらい、 一枚一枚丁寧に洗った。餅米を砕き粉にする機械のある 大きな家が近所にあり、ムーチー時期になると、 近くの主婦たちがその家に集まり、列をつくった。 トミおばさんに手をひかれて、私もその列に並んだ。

 家に戻ると、トミおばさんは手際よく餅粉をこね、 一つ一つサンニンにくるみ、大きな蒸し器に次々と入れていった。しばらくする とムーチーが出来上がる。手間をかけ、 愛情を込めて作られたムーチーだ。

 しかし、あろうことか、私はムーチーが大の苦手だった。 好き嫌いが多く、決して丈夫ではなかった当時の私の ことを思い、トミおばさんは、定番の白ムーチーだけでなく、 黒糖を入れたもの、トーンチン(黍)を入れたものなど さまざまなムーチーを作ってくれた。でも、どれも食べること ができなかった。

 それでもめげずに、トミおばさんは私のためにムーチーを 毎年作ってくれた。そして、ある年、私の大好きな 乾しブドウ(レーズン)をムーチーに入れることを思いついた (そういえば、最近、あまり見かけなくなったが、あのレーズンはアメリカ産 だった。金色の包み紙にレーズンの写真がついていた……と書いていて実に懐か しい)。

 レーズン入りのムーチーを初めて口に頬張った時の 感動は今でも鮮明に覚えているので、 少なくとも5〜6歳になっていたと思う。だから、 沖縄はすでに日本に「復帰」していたはずだ。 大げさかもしれないが、ヤマトゥ世になった沖縄で、 アメリカのレーズン入りムーチーを口にしていたということになる。ちょっと感 慨深かったりする。

 最近では、紅芋粉の入った赤紫色やウッチン粉の入った黄色など、ムーチーも 色とりどりで種類がさらに豊富になった。 しかし、私にとってのムーチーは、トミおばさんの発案した あのレーズン入りムーチーだ。

 そのトミおばさんは私が高校3年になってまもなく他界した。 私にとっては第二の母のようなかけがえのない大切な人だった。何一つ「親孝 行」ができなかった私はただ泣くことしかできなかった。トミおばさんが亡く なって初めて訪れるムーチーの季節を 迎えるのはとても辛かった。

 この時期、ムーチーはどこのお店でも手に入れるこ とができたし、手作りムーチーを届けてくれる親戚や近所のおばちゃんもいた。 だから、ムーチーはいくらでも頬張ることはできる はずだ。でも、あのレーズン入りのムーチーは手に入らない。 そう思うと、なおさら、冬の風を冷たく感じた。

 ところが、私は、その年もレーズン入りムーチーを口にすることができた。私 が何気なく話したトミおばさんのムーチーの思い出をしっかり覚えてくれていた 友人が、 母親と一緒に作ってくれたのだ。 友人のお母さんは「ムーチーにレーズンを入れるわけ?」と 不思議がったそうだが、友人に言われるまま作ってくれたという。「あんたのた めに難儀して作ったんだから、残さないで全部食べなさいよ」。ぶっきらぼうに 手渡された紙包みの中に入っていた ムーチーは、形も大きさもさまざまの、まぎれもない手作り ムーチーだった。ありがたくて、あたたかな気持ちで いっぱいになった。

 時を経て、私もあの友人も母親になった。 私は子どもの健康を願いながらも、なかなか 手作りムーチーに挑戦できずにいる。定年退職後、 時間に余裕ができた父と母は「孫のために」と ムーチーを作ってくれるようになった。 私はちゃっかり今年も「レーズン入りムーチー」を注文した。

 あの友人は子どもたちのために今年もムーチーを作って いるのかな。「当たり前さぁ。あんたは作らんわけぇ? 考え られん」、あるいは「忙しくてつくれるわけないさぁ」……という彼女の声が北 風に乗って聞こえてくるような気がする。 (沖縄王・新屋敷弥生)






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