うちなぁ歳時記
旧暦8月・9月--トーカチ・カジマヤーの季節


 「沖縄のオバァがブームになっている」らしい。 オバァの名言や笑い話を集めた本が話題になり、 NHK朝の連ドラ「ちゅらさん」でオバァを演じた平良トミさんは 「初の70代アイドルになった」そうだ。そのような状況に水をさすつもりはない が、 オバァ(さん)という存在は、もともとフトコロの深い存在であると思う。 沖縄のオバァに限ったことではない(はずだ)。

 私は学生時代から戦争体験や移民体験を記録する仕事に関わってきたので、 沖縄のお年寄りに接する機会に恵まれてきた。実のオバァ(母方の祖母)は 満90歳で健在だから、オバァの温かさを身近で感じることができる。 でも、だからといって「沖縄のオバァは・・・」と言い切ることはできない。 他府県のお年寄りに接する機会はほとんどなかったので根拠はないが、 「ちゅらさん」に出てきたオバァは沖縄以外の場所にも 存在しているように思うのだ。

 例えば、「となりのトトロ」に出ていたカンタ君のおばあちゃん。 あのおばあちゃんの包容力は画面から十分伝わっていたはずだ。 そうそう、私が東京で妊婦生活を送っていた時、検診のために訪れた 病院の帰りのバスで見ず知らずのおばあさんに席を譲ってもらったことがあっ た。申し訳なくて「大丈夫ですよ」と断ったのだが、 その白髪のおばあさんは「あなたに(席を)譲るのではなく、 お腹の赤ちゃんに譲っているのよ」とおっしゃった。 私はお礼を言ってありがたく座らせてもらった。 言うまでもなく、「トトロ」のおばあちゃんも、 私がバスで出会ったおばあさんも、沖縄のオバァではない。 でも、「ちゅらさん」のオバァに通じるものがあると思う。 オバァの温かさは普遍的なものだと思うのは私だけだろうか。

 だけど、今、なぜ「沖縄のオバァ」が、これほど注目されるのだろう。 かれこれ10年来の付き合いになるヤマトゥンチュの友人は、 「沖縄にはお年寄りを大切にする空気がある」とよく言う。 「そうかなぁ」と私は思う。とりたてて、そんな空気を感じたことがなかったか らだ。友人は言う。「空気だから意識してないだけだよ」。うぅむ、そう自信 たっぷりに 言われてしまうと、「そうかも」と小心者の私は思ってしまう。

 友人の言う「お年寄りを大切にする空気」は、数え年88歳を祝って 旧暦8月8日(今年は9月24日に相当)に行われる「トーカチ」や 数え年97歳を祝って旧暦9月7日(今年は10月23日に相当)に 行われる「カジマヤー」などの沖縄の行事が含まれる。 地域によっては「むら」をあげて盛大に祝う。 私の故郷は、今でも毎年「カジマヤー」の日には、大通りでパレードが 行われている。さらに、最近では結婚式場などを借り切って、 親戚や近所の人などを招待するというケースがある。 主役のオジィ・オバァの「お色直し」があったり、 子どもや孫たちが舞台で余興をしたり、華やかな宴になる。

 私のオバァは3年前、トーカチスージをした。 「お祝いごとだし、オバァのトーカチはマギスージ(盛大なお祝い)にしよう」 という声があがったのだが、うちのオバァは首を縦に振らなかった。 オバァには「(亡くなった)オジィも(大きなお祝いを)しなかったから」とい う 実に奥ゆかしい理由があったのだ。結局、折衷案として、 子・孫・ひ孫というごく近い身内が集まって食事会を開くことになった。 身内とはいえ、10人の子どもをもつオバァのお祝いはけっこうな人数になり、 盛り上がった。長男伯父さんが作詞した「オバァの歌」をみんなで歌ったり、 オバァのこれまでの人生を紹介したり、各々がオバァとの思い出を語ったりし て、楽しいひと時を過ごした。チョコンとひな壇に座ったオバァは 宴の最後に「みんなのおかげで長生きできます。ありがとうございます」と しっかりした口調で挨拶した。周りの人に対する感謝の気持ちを 素直に表現するところがオバァらしいと思った。 オバァが元気なのが嬉しくて、みんな何枚も何枚も写真を撮った。

 友人の言っていた「お年寄りを大切にする空気」がとりたててこの沖縄に 存在しているというのなら、この空気を大切にしたいと私は思う。 時にお茶目で、時にムヌナレーシする(さまざまなことを教えてくれる) 沖縄のオバァたちはヤマトゥンチュの目に魅力的に映ることがあるのだろう。 しかし、「ちゅらさん」で沖縄のオバァが注目を浴びたのは、その魅力のみなら ず、お年寄りと接したりお年寄りに感謝の気持ちを伝えたりする場が 少なくなっている証ではないかという気がする。

 そういえば、私は日々の生活に追われ、オバァの顔を最近見ていない。 近々オバァの家を訪ねてユンタク(おしゃべり)してこよう。オバァはいつも のように「ミードゥサイね(みかけなかったね。久しぶりだね)」と優しく私を 迎えてくれることだろう。(S)






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