オキナワ・ラブストーリー第2話
何度も綴った「会いたい」という文字


 遠距離恋愛とは、「遠くない距離」で暮らしていたカップルが 進学や就職・転勤などの理由で離れ離れの状態になることを いう。ごく普通のカップルのようにアフターファイブや週末を 過ごせていた2人が遠距離で暮らすようになったため、 これまでのように2人で過ごす時間が極端に減ってしまう。 それによって、さまざまな試練が2人に課せられるのである。

 しかし、健一さんと真智子さんの場合はちょっと違う。 2人とも「遠くない距離」で暮らしたことが一度もなかったのだ。 沖縄生まれの沖縄育ち、県内の大学を卒業し、県内の 会社に就職した真智子さんは、沖縄を離れて生活をしたことが なかった。一方の健一さんは東京生まれの東京育ち、 都内の大学に進学し、報道関係の仕事をしていた。 だから、そんな2人の恋のスタートは、 最初から遠距離恋愛というスタイルをとらざるをえなかった。

 2人の出会いは偶然だった。 真智子さんが在学時から取り組んでいた研究テーマと 健一さんの取材テーマがよく似ており、 資料収集のため、ある研究機関で偶然出会ったのだ。 そこで、2人はビビビッときたのだろうか? 真智子さんに 尋ねてみた。「いいえ、そんなことはないんです。 ただ、私は研究テーマのオリジナリティーに自信があったので ショックを受けたんです。ね、全然ロマンティックじゃないでしょ」。
 その後、健一さんと真智子さんはお互いの進捗状況を 伝え合う手紙のやりとりをするようになる。 真智子さんが論文を書き上げた後も健一さんとの手紙の やりとりは続いた。現在のようにメールなんてない時代だ。 おまけに電話料金だって格安料金のサービスはない。 2人の付き合いはもっぱら手紙のやりとり。 古くて懐かしい言葉でいえば「ペン・フレンド」という関係からの スタートだった。旅好きの健一さんは 旅先から絵葉書を送って来る。 お互い手紙では素直に自分の気持ちを伝えるように なってゆく。お互いがお互いを意識するようになるまでに 「おしゃべり」や「デート」は必要なかった。
 健一さんからの手紙はほとんど毎日届くようになっていた。 仕事から疲れて一人の家に帰ると、 真智子さんはまずポストをのぞく。 期待を裏切らないように、いつでも一通の手紙が待っていた。 「まるで健一がお帰りといってくれているようで嬉しかった」 と真智子さんはちょっと照れたように語る。

  会えない日々が続くと、やはり辛くなる。 切ない気持ちと共に何度も綴った「会いたい」 という文字が涙でにじんで見えない時もあった。 そんな真智子さんに健一さんが提案したのが 東京と沖縄の「遠距離デート」だ。 日曜の正午に2人で電話をしながら、 同じものを食べるのだ。 あらかじめ料理好きの健一さんからカルボナーラや タイ風カレーのレシピを教えてもらい、 それぞれのアパートで正午に間に合わせてつくる。 テーブルに一輪挿しの花を飾り、 「自分だけなら絶対にやらない」というほど丁寧に テーブルセッティングを済ませる。 そして、電話のベルが鳴るのを待つ。

 受話器を持ちながら、共に食事をする。 「鼻の頭にソースがとんでるよ」 「今、タバコ、吸おうとしてるでしょ」。 健一さんの行動がひとつひとつ目に浮かび、 真智子さんは話しかける。 「どうしてわかるの? 君はユタか」なんて、 健一さんも最近覚えた沖縄の言葉を出してみたりする。 たった15分ほどの贅沢な長電話によるランチデート。 「ちゃんと片づけるんだよ」と言って電話を切った後、 一人のアパートの台所で真智子さんはお皿を洗う。 「ヤツはゼッタイに片づけしてないよなぁ。 今ごろタバコの2本目で一服しているところだな」と 思いながら。そのことを手紙に書くと、 「正解!」という返事が戻ってくる。 タバコの嫌いな真智子さんに、タバコを片手に手紙を書いた ことがばれないように(?)、健一さん愛用の オーデコロンの香りが添えられた手紙が届いたこともある。

 真智子さんは言う。「封をあけると、健一の部屋の香りが ほのかに私の部屋に広がった。目を閉じれば彼の部屋に いるようで、私はそれだけで十分幸せでした」

 真智子さんが東京で仕事が入ったり、 健一さんが沖縄での取材が入ると、 何ヶ月ぶりかで会う。わずかな時間だが、 その時だけはごく普通のカップルのようにドライブを 楽しんだり、食事を共にしたり、 仕事で不安などを抱えていればふんわり抱きあったりした。

 東京デートの際、駅前の公園で歌う路上ミュージシャンの姿に 2人は思わず足を止めたことがある。 「友達のままでいるほうが 君のためなのかもしれないと 悩んだ日もあった」。雑踏の中、響き渡る透き通ったその歌声は、まるで遠距離 恋愛中の2人を励ましてくれているようだった。 素敵なメロディーに気づかず足早に去っていく多くの人々、 その雑踏の中で2人は長い間、彼の音楽の世界に 魅せられていた。

 その後の2人の東京デートコースにそのミュージシャンの ライブが加わった。何度か言葉を交わし、 仲良くなったミュージシャンが雪国の新潟生まれだと知り、 真智子さんは「雪をみるのが夢」だと言った。 ミュージシャンは「雪かきの苦労」などをさんざん語っていた のだが、健一さんが真顔で「真智子に本物の雪を見せて あげたいんだ」といった言葉をずっと覚えていてくれた。 後日、2人のもとに「新曲」のテープが届けられた。 曲名は「半袖着たサンタクロース」。

「半袖着たサンタが会いに行く 冬を待ちきれなくて   日焼けをしたサンタが会いに行く 沖縄へ 雪をふらせるために  愛をふらせるために」

歌詞の内容にちょっと照れたものの、2人は イキなプレゼントをとても喜んだ。
 健一さんが沖縄で過ごした日々や真智子さんが 東京で過ごした日々は2人にとって とても大切な日々だった。 真智子さんは「その一瞬、一瞬がとても愛しかった」 と言う。 しかし、どんなに愛しい時間を過ごしても、その後には、 それぞれの生活に戻る時間が必ずやってくる。

 羽田空港での別れの時、真智子さんは思わず泣き出した。 飛行機の座席に座っても、健一さんのぬくもりを思い出し、 しばらく泣きやむことができなかった。そんな時、 客室乗務員が何も言わずにそっとおしぼりを 差し出してくれたりした。気遣いが嬉しかった。 また、時には、隣に座っていた見ず知らずの小さな女の子が 「おねえちゃんに、これ、あげる」と言って かわいい手で小さなキャンディーをくれたりした。 この時ばかりは、さすがに泣くのが恥ずかしいと思った。 空港での別れはいつも切なかった。その「切なさ」に 最後まで慣れることはなかった。

 何度も季節は通り過ぎた。あの時、 健一さんと真智子さんを励ましたミュージシャンは今でも 変わらず金曜日の夜、あの公園で歌い続けていると 風の噂で耳にした。「あのころの私たちのように 彼の歌に励まされ、彼の歌に祝福されている カップルがいるはずです。雑踏の中で思わず足を止めて、 寄り添うように聞き入っているカップルがいるはずです。 遠距離恋愛卒業生の私ですが、当時を思い出すと、 遠距離恋愛中の皆さんにエールを送りたいですね」

 ん? 「遠距離恋愛卒業生ということはどういうこと?」と、 かなり気になったのだが、真智子さんはただ微笑んでこう言う だけ。「皆さんのご想像にお任せします。きっと 現実よりもそのほうがずっとロマンティックだと思いますから」

 さぁ、あなたはどうなったと思います? 真智子さんの話を聞いてみて、遠距 離恋愛のキーワードは「寂しさ」と「切なさ」だなぁと私は実感しました。だけ ど、その分、思い出の一瞬一瞬の輝きはまるで宝石のようだと思うのです。 沖縄の遠距離恋愛は海を越えざるをえないから、 その距離はハンパではありません。 でも、距離の長さに2人の信頼度が比例すれば きっとうまくいく・・・と信じたい。真智子さん同様、 遠距離恋愛中のカップルの幸せを「沖縄王」スタッフ一同、 心から祈っています。距離なんかに負けるな!(S)






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